
この記事で解決できる悩みや疑問
- 大谷翔平選手の幼少期を知りたい
- 大谷翔平選手の高校時代の成績を知りたい
- 大谷翔平選手のマンダラチャートについて知りたい

自分自身も20年以上野球をやってきて、200記事以上の野球記事を書いている、野球ブロガーほくとが解説します
連日、大谷翔平選手のニュースが日本を元気にしています
まさか、日本人からMLBで本塁打王を狙える選手がでてくるなんて、誰も考えてなかったですよね
そこで、この記事では、そんな大谷翔平選手の幼少期〜高校自体までの経歴や成績を紹介していきます!
この記事の内容
- 大谷翔平選手の幼少期
- 大谷翔平選手の高校時代
- 大谷翔平選手の夢ノート
この記事を読むと、大谷翔平選手の経歴や高校時代の成績がわかります!
では、解説していきます
大谷翔平選手の幼少期
大谷翔平選手は、1994年岩手県にて、元社会人野球選手の父とバドミントン選手の母の間に二男として誕生します
小学校2年生の秋頃、地元にあるリトルリーグのチームへ見学に行きます
父が社会人野球選手で、7つ上に野球をやっていた長男がいたため、野球はとても身近なものでした
小学3年生になり、地元の水沢リトルリーグに入団
すると、大谷選手の父も「自分も勉強させてください」とチームのコーチを買ってでました
リトルリーグの練習は、土日祝日の朝9時から夕方5時まで
当時昼夜2交代制の勤務をしていた大谷選手の父は、夜番の際には徹夜で大谷選手の練習に付き合っていたといいます
その甲斐もあって、4番でエースとなった大谷選手、5年生の時には110km/hの球速を記録します
2/8 アスリートの輝石#136 大谷翔平選手17
— 杉谷拳士#F2 next.未定 (@sakurahikari61) February 8, 2015
4番エースだったリトルリーグ時代 pic.twitter.com/tcsSyDXR0T
また、その後、大谷選手の父はチームの監督になります
父と息子は、野球ノートという交換日記を始め、試合での反省や今後の課題を記していました
大谷選手は、小学生ながらどんどん頭角を表すようになり、リトルリーグ最後の6年生では、1試合18アウトのうち17奪三振という記録も残しています
水沢南中学校に進学すると、一関リトルシニアに所属
大谷翔平の中学時代のユニフォーム、~03までのライオンズのホームユニにめっちゃ似てる笑 pic.twitter.com/NRLCgsQ8KK
— えど 今ちゃんライオンズver.48 (@edophoto0728) April 16, 2023
また、このタイミングで、大谷選手の父も一関リトルシニアに移って、コーチを務めています
中学時代には球速が120km/hになっていました
ちなみに、年齢による平均球速はこちらです
年代 | 平均球速 |
---|---|
小学生 | 70km〜90km |
中学生 | 100km~110km |
高校生(地方大会レベル) | 110km~125km |
高校生(予選上位レベル) | 125km~135km |
高校生(甲子園レベル) | 130km~145km |
プロ野球 | 145km |
大谷選手が、中学生の時に高校生レベルの球速を投げていたことがわかりますね
中学時代にはエースとして、全国大会に出場しています
小学生や中学時代から、既にスターの片鱗を見せています
大谷翔平選手の高校時代
一関シニアで全国大会に敗れたその年、ちょうど甲子園では菊池雄星率いる花巻東高校が甲子園を沸かせていました
花巻東高校の練習を見に行った大谷選手は、チーム全体の雰囲気が良く、選手としての能力を伸ばす練習をしていることから、花巻東高校に入学を決めます
花巻東高校では、監督の佐々木洋と出会います
花巻東・佐々木洋監督
— Crystal Ken (@happy_cryken) December 11, 2017
大谷翔平投手への激励メッセージ#岩手 #花巻東 #大谷翔平 pic.twitter.com/KPMuUXODwD
佐々木洋監督は、「まだ骨が成長段階にある1年夏は、野手として起用し、成長の階段をのぼらせる」という方針のもと、1年春は4番ライトで大谷選手を起用しました
また、佐々木洋監督による「先入観は可能を不可能にする」という言葉(先入観を捨てれば、不可能が可能になる)は、大谷選手の生き方に影響を与えています
先輩である菊池雄星選手を「憧れではなく、超える」存在として設定したのも、佐々木洋監督でした
高校時代の目標を「日本人最速球速160km/h」「ドラフトで菊池雄星選手を超える8球団から1位指名を受ける」に設定し、厳しい寮生活を送ることになります
こういった経験が、2023年WBCの大谷選手の名言「憧れるのを止めましょう」につながるのですね
確かにトラウトとかにも憧れる
— あか (@ms0820n46) March 21, 2023
でもな、大谷翔平を超える憧れなんていねえよ
あんたこそが憧れの存在よ#WBC決勝#WorldBaseballClassic
pic.twitter.com/xzFaK2M80A
1年生秋からはエースと務め、147km/hを記録します
2年生になると、151km/hを記録し「みちのくのダルビッシュ」と呼ばれ、マスコミから注目されるようになります
3年生の夏にはとうとうアマチュア野球史上初となる160km/hを記録。しかし、県大会決勝では敗れ、最後の夏の甲子園出場はなりませんでした
ハンパ無い!
— 野球大好き動画復活! (@5xblj1N7RFn2fWa) November 27, 2019
大谷 花巻時代の伝説の160km! pic.twitter.com/PFODFYrR37
その後、世界野球選手権大会の日本代表に選出され、4番指名打者として活躍します
また、投手としては7回を投げ、2失点、12奪三振、最速155km/hと既にプロで活躍できる土台は出来上がっていました
大谷選手の高校時代の成績です
大谷選手_高校時代の成績
- 甲子園成績
- 甲子園出場2試合(2年生夏/3年生春)
- 投手:14イニング/奪三振16
- 打者:打率.333/ホームラン1本(大阪桐蔭藤浪投手から)
- 高校通算ホームラン56本
- アマチュア史上初160km/hを記録
幼少期〜高校時代で、誰もが認める選手に成長しましたね
大谷翔平選手のマンダラチャート
大谷選手が高校1年生の時に書いた、マンダラチャートを知っていますか?
大谷選手は、自分の夢をマンダラチャートに整理し、今自分に足りないことを明らかにし、夢を達成しました
それがこちらです

出典:PRESIDENT 2018年7月30日号
きっかけは、花巻東高校野球部の佐々木洋監督が、部員全員に書かせたことで、高校3年間で16枚のシートを書いたそうです
真ん中に「ドラフト1位で8球団に指名される」という夢をおき、その夢を達成するために必要な8つの要素を具体的に抽出しています
特徴的なのは、野球の技術的なことだけでなく、運や人間性に関しても書かれていること
大谷選手の人間性が表れていますね
また、驚くのは今の大谷選手を見ていると、これらのほとんどが達成されているということです
高校生の時に計画したことを、日々の着実な努力で達成していっているのですね
まとめ
今回の記事では、大谷翔平選手の幼少期〜高校自体までの経歴や成績について解説しました
最後にポイントをまとめます
ポイント
- 大谷選手が小学生の時、当時昼夜2交代制の勤務をしていた大谷選手の父は、夜番の際には徹夜で大谷選手の練習に付き合った
- 高校時代の目標は「日本人最速球速160km/h」「ドラフトで菊池雄星選手を超える8球団から1位指名を受ける」
- 大谷選手のマンダラチャートは、野球の技術的なことだけでなく、運や人間性に関しても書かれていることが特徴的
これからも大谷翔平選手の活躍が楽しみですね!
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